広島地方裁判所 昭和52年(ワ)477号 判決 1980年4月22日
原告 株式会社エコー
右代表者代表取締役 橋本多津男
右訴訟代理人弁護士 堀内信夫
被告 広島県
右代表者知事 宮沢弘
右訴訟代理人弁護士 幸野国夫
右指定代理人 一志泰滋
<ほか六名>
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金二二九万三九一〇円およびこれに対する昭和五一年四月一四日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 主文一、二項同旨
2 かりに仮執行の宣言を付される場合には、担保を条件とする右執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は福山市において医療用具の販売を業とする株式会社である。
2 広島県福山保健所長上田晋は、(一)昭和五〇年九月一九日福山市内訴外山田裕三、同角屋敏弘、同坂元文哉、同藤本テルヨ、同渡辺絹代、同松村兼一、同松葉ミサヲ、同藤井力男、同藤井定夫、同平井信夫(二件)、同小林正直らの計一二件の医療用具(コンドーム)販売業届出を却下(同届書の不受理、以下同じ)し、また(二)昭和五一年三月一八日訴外高原有明、原告(一九件)の計二〇件の医療用具販売業届出を却下した。
3 しかし、右却下処分は以下の理由で違法なものである。
コンドームは薬事法二条四項同施行規則四一条により厚生大臣の指定する医療用具であり、これを業として販売しようとする者は、あらかじめ営業所ごとに都道府県知事(本件の場合は広島県知事よりその権限の委任を受けている福山保健所長)に届け出なければならない(同法三九条一項)とされているが、当時の福山保健所長上田晋は、原告らがコンドームを自動販売機により業として販売すべく前記のとおり医療用具販売業届出をなしたのに対し、右自動販売機は営業所の一部ではあっても、それだけでは右薬事法所定の営業所ではないとして、いずれも却下した。
しかしながら、元来薬事法は医療用具の販売業については許可制でなく単に届出制をとっているもので、その販売は原則として自由であり、ただ販売に際して、その販売場所が医療用具の性状に照らしその目的、機能を維持できる構造、設備になっているかどうか、つまり薬局等構造設備規則四条の各項目((1)採光及び換気が適切であり、かつ、清潔であること、(2)常時居住する場所及び不潔な場所から明確に区別されていること(3)取扱い品目を衛生的に、かつ、安全に貯蔵するために必要な設備を有すること)を実質的に充足するものかどうかを、行政庁において確認させるために所定の届出をさせることとしているにすぎないものである。
したがって、薬事法三九条一項所定の営業所とは、必ずしも独立した店舗あるいは事業所としての形態を必要とせず、店舗内の一ケースまたは陳列棚の一部といったものも、それだけで右規則の各項目を充足するものであれば右営業所に該り、本件届出にかかる自動販売機も、それ自体で右規則の各項目を充足するものであるからそれのみで右営業所といえるものである。この点、自動販売機は営業所の一部にすぎないとした福山保健所長上田晋の判断及び措置は右薬事法令の解釈適用を誤ったものといえる。
これらはさらに、自動販売機について他の都道府県では認めている例があり、国の委任行政として運用がまちまちであることは不当であり、そしてさらに、福山保健所長は本件却下前昭和五〇年において同種自動販売機による医療用具販売業届出を受理しており、行政に一貫性を欠く点も不当である。
4 原告は福山保健所長の右違法な公権力の行使により次のような損害を蒙った。
(1) 自動販売機二〇台 金一一〇万円
(2) 旭ケース 金二万九九五〇円
(3) C型鉄骨 金五万四〇〇〇円
(4) ボルト・ナット座ガネ 金一〇五〇円
(5) くぎ 金六九〇円
(6) 木材 金二七二〇円
(7) 三角トリプルタップ等 金一〇六〇円
(8) 自販機部品・品球等 金一二四〇円
(9) トリプロタップ 金一一五〇円
(10) セメント 金一二〇〇円
(11) 三角タップ等 金七八〇円
(12) セメント・ブロック 金二五〇〇円
(13) テスター 金三三〇〇円
(14) 設置労務賃 金六〇万円
(15) 自販機用商品代 金五二万三八七〇円
右合計金二三二万三四六〇円
6 よって、原告は国家賠償法一条一項により被告に対し右損害のうち金二二九万三九一〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年四月一四日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項は認める。
2 同2項につき、広島県知事から権限委任を受けた福山保健所長上田晋が原告主張のコンドームの販売を目的とする医療用具販売業届書をそれぞれ不受理として各届出者に返送したことは認める。
3 同3項につき、コンドームが医療用具でありその販売業が届出制となっていること、本件届書を返送する以前に一部同種届出を受理していることは認めるが、その余の主張は争う。
4 同4項は争う。
5 同5項は争う。
三 被告の主張
1 指定医療用具販売業については薬事法上事前届出制(同法三九条一項)がとられているが、その趣旨は、指定医療用具販売業者に対し、営業所ごとに所定の届出をさせることによって都道府県知事が業者の所在及び業務の実態を明確に把握し、かつその業務に対し、法所定の監督権を行使し、指定医療用具販売業務の適正を図ることにより不良医療用具の販売に起因する保健衛生上の危害から一般大衆を守ることを目的とするものである。
そして、指定医療用具販売業届出があった場合、本件の場合は、広島県知事より権限の委任を受けた福山保健所長(昭和三九年広島県規則第五六号、昭和五一年規則第二一号による改正前の広島地方機関の長に対する事務委任規則一〇条六六号(ハ))において、右届書の記載につき形式的要件(薬事法施行規則四二条)を審査し得るのはもとより、さらに必要があれば、右届書提出の前提要件である
(1) 届出者の取り扱おうとする商品が指定医療用具に該当するか
(2) 届出者がこれを業として販売する者であるか
(3) 届出者が指定医療用具販売業の営業所を有するか
(4) 当該営業所が薬事法三九条二項に基づく薬局等構造設備規則四条所定の構造設備規準(以下設備規準という)に適合しているか
等の実質的要件についても審査をなし得るもので、これらの要件の全部又は一部が欠缺する場合で補正により治癒されない場合には、明文の根拠がなくとも届書の受理を拒む意味で不受理とすることができるものである。
2 ところで、本件で問題となるのはコンドーム販売業の営業所の点であるが、右設備基準に照らした場合、コンドームの自動販売機は指定医療用具販売業を経営するための一部の販売設備(一構成部分)ではあるが、自動販売機自体が右設備基準に適合する指定医療用具販売業の営業所ではないのであって、指定医療用具の販売・保管・貯蔵等の営業行為を行うことが可能な程度のスペースがあり、また当該営業行為の適切な管理を行う者がいなければ指定医療用具販売業の営業所ということはできないのである。つまり自動販売機によりコンドームの販売をしようとする者は、右販売機に近接する店舗等に指定医療用具販売業の主たる営業所部分(日用品等の非医療用具販売業を併せ営む場合を含む)として、指定医療用具の販売・保管・貯蔵等の営業行為を行うに支障のない程度のスペースを確保し、販売機が右部分と一体となった状態で設置され(指定医療用具販売店舗附置方式)、かつ、自動販売機をその一部として含む営業所全体について指定医療用具販売業届書を提出することが必要であり、右のような主たる営業所部分を有せず、単に日用品等の非指定医療用具販売店等の店頭に自動販売機のみを設置する形態(非指定医療用具販売店舗附置方式)は法が当初から予想していない販売形態である。
3 原告が本件で問題とする前記各医療用具販売業届出はいずれも非指定医療用具販売店舗附置方式をとっており、設備基準適合営業所が存在しない瑕疵のある届書であったため、福山保健所長は、設備基準適合営業所の設置方の指導をしたが、改善の実もあがらないなどで、いずれも各不受理として各届出者に返戻したものであり、福山保健所長の右措置にはなんら違法はない。
4 なお、福山保健所長は右不受理とした以前に同種の販売業届出につき受理後の監督指導による補正を期して一応受理した件があるが、いずれも改善の実があがらなかったものである。
そしてまた、他都府県における取扱いについては、東京都、大阪府、兵庫県、福岡県、熊本県、京都府、和歌山県、佐賀県、愛知県において受理された合計五三五七件のうち自動販売機の非指定医療用具販売店舗附置方式によるものは僅かに和歌山県の五件にすぎず、その余は全部指定医療用具販売店舗附置方式によるものである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因2項のうち原告主張の医療用具販売業届出を福山保健所長において不受理としたことは当事者間に争いがない。
二 そして、右争いのない事実の外、《証拠省略》によると、以下の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 日用雑貨、化粧品、食料品、タバコ、理容等の店舗を兼営する訴外山田和生ら二三名の者が昭和五〇年一月二二日から同年七月五日(各収受の日)までの間に広島県福山保健所長に対しコンドームの自動販売機による販売を内容とする新規の医療用具販売業届書を提出したが、そのうち後取下げとなった四件を除く残一九件(以下Aグループという)につき同年六、七月ころ同届出が受理された。同受理された件は、原告が右各届出者の代理人として届け出たもので、その内容はいずれも右各届出者の兼営店舗の各店頭軒下等にコンドームの自動販売機を設置するというだけのものであり、右兼営店舗内にさらに医療用具販売業の営業所として区画された部分の表示もなく、右自動販売機のみを営業所とするかのごときものであったことから、福山保健所長としては、これでは、医療用具販売業の営業所とは認めがたいと判断したが、ただすでに事実上右自動販売機で稼働している実状も配慮し、後の指導改善を期して右届出を一応受理することとした。
2 ほぼその後の昭和五〇年六月二八日から同年九月一〇日(各収受の日)までの間に右同様食料品店等を兼営する訴外山田裕三ら二〇名(内平井信夫は二件で届出件数は計二一件)が福山保健所長に対し、右グループ同様の新規の医療用具販売業届書を提出したが、そのうち後取下げとなった一件を除く残二〇件(本件の一二件を含む、以下Bグループという)につき、同年九月一九日同届出を不受理とした。その理由は、福山保健所長としては、右届出にはAグループ同様薬事法所定の医療用具販売業の営業所の存在が認められないうえ、前記一応受理したAグループについてのその後の改善指導の実もあがらないため、一応受理するのも相当でないとして不受理としたものである。
なお、右につき後行政不服審査法に基づく審査請求がなされたことに関連し昭和五一年三月一一、一二日に広島県薬事係員らが調査した結果によると、右請求人らが医療用具販売業の届出をした際自己らが業として医療用具の販売を行うという自覚はなかったように思われる(販売・保管・貯蔵すべてについてコンドーム自動販売機設置業者である原告が行う旨述べている)とされ、請求人らは自動販売機の設置場所及び電源の提供のみをしたと思われ、売上げ高によってリベートを受けとるしくみであり、自動販売機の鍵も設置業者が持っているとされ、なお、現場の状況として自動販売機は単独設置であり、同設置の同一敷地内における店舗等の内部には医療用具の販売・保管・貯蔵等の営業行為を行うに支障を来たさない程度のスペースを持った営業所はなかった、とされている。
3 そしてその後も、昭和五〇年一二月四日から昭和五一年二月二七日(各収受の日)までの間に原告ら四名(届出件数二二件)が福山保健所長に対し前記A・Bグループ同様の届出をなしたが、そのうち後取下げとなった二件を除く残二〇件(本件の分、以下Cグループという)につき、福山保健所長は昭和五一年三月一八日前同様の理由で不受理とした。
4 なお、その後、昭和五一年六月一六日から同年一二月七日までの間に原告から福山保健所長に対し計五一件の自動販売機による医療用具(コンドーム)販売業届出がなされたが、これらは、いずれも自動販売機の外にこれと近接する店舗内にベニヤ板等で他と区画された場所が右営業所として固定され、その中に貯蔵ケースの設置も予定されていることから、すべて受理された。
三 そこで、右各認定した事実に基づき、福山保健所長のなした本件各不受理の措置の当否について以下検討する。
1 薬事法三九条一項は、厚生大臣の指定する医療用具を業として販売しようとする者は、あらかじめ営業所ごとに、その営業所の所在地の都道府県知事に厚生省令で定める事項を届け出なければならない、とし、同二項では、厚生大臣は、厚生省令で営業所の構造設備の基準を定めることができる、としたうえ、さらに右一項の届出に当っては薬事法施行規則(昭和三六年二月一日厚生省令第一号)四二条一項三号で右届書に営業所の構造設備の概要を記載し、かつその営業所の平面図を添付すべきものとし、そしてまた前記法三九条二項に基づき薬局等構造設備規則(昭和三六年二月一日厚生省令第二号)が定められている。これらからすると、薬事法は厚生大臣の指定する医療用具を業として販売しようとする者は、その前提として、右所定の営業所の存在を当然予定し、右届出に当っては右所定の営業所の概要を届書に記載して明らかにすべきものとしているとともに、都道府県知事は右届出につき、その形式上及び必要に応じ実質的にも調査して、右所定の要件が充足されていないと認めた場合は、右届出を受理しないという措置も当然とり得るものと解される。
そして、本件の場合、コンドームは、薬事法施行規則四一条別表二衛生用品一、二により厚生大臣の指定する医療用具であることは明らかであるうえ、弁論の全趣旨及び保健所法二条一一号広島県地方機関の長に対する事務委任規則(昭和三九年六月一日広島県規則第五六号、昭和五一年四月一日規則第二一号による改正前のもの)一〇条六六号(ハ)、広島県行政組織規則(昭和三九年三月三一日広島県規則第一八号)四一条により、右届出に関する受理権限は広島県知事から広島県福山保健所長に委任されていることが明らかである。
2 ところで、薬事法が厚生大臣の指定する医療用具を業として販売しようとする者は、一定の営業所の存在を前提とし、その営業所ごとに届け出るべきものとしている趣旨は、医療用具は人体の構造機能に影響することが少くないところから、監督行政庁において右営業所の存在・内容をあらかじめ知り、かつ営業所の構造設備を規制することにより、右医療用具の貯蔵・保管・販売等の営業活動の過程において生ずる危険のある変質、変敗等での不良品化を防止し、右業務に対する法所定の監督権の適切な行使もなして、もって医療用具の適正をはかろうとしたことにあるとみられる。薬局等構造設備規則四条一ないし三号所定の事項も右趣旨に則り右営業所の構造設備の基準を定めたものと解される。
これらからして医療用具販売業の営業所の意義について考えてみるに、同営業所といえるためには、その場所が他の居住する場所及び不潔な場所と明確に区分されたもので、採光・換気が適切で清潔であり、医療用具を衛生的かつ安全に貯蔵・保管・販売することができる形状のものでなければならないのはもとよりであるが、さらにこのためにはおのずから通常予想される相応のスペースが必要とされるとともに、右状態を適切に維持するため、責任ある主体がその営業所として管理する状況にあることも当然予定されたものと解される。もっとも、この点は他品目販売業を兼ねることを妨げるものではないが、この場合は全体につき右要件の適合性が要求されることとなる。
3 そこで、右観点から本件コンドームの自動販売機について考えてみるに、《証拠省略》によると、右自動販売機は一定量の硬貨を投入すれば自動的に機械が作動して内部に保管してあるコンドームの右金額に見合う量が出てくるといった仕組みの長方形のケースで、それ自体は、正常な状態である限り前記設備基準にいう採光・換気の適切、清潔、また衛生的で安全であるといった点などで格別問題はなく、また外部と区画されたケースとしての形態であることから他の居住あるいは不潔な場所との区分といった点も一応問題がないようにみられる。
しかし、自動販売機自体は、右営業活動のうち販売とこれに附随する保管を自動的に賄う機械設備にすぎず、それのみでは、自動販売機に組入れる前のコンドームの貯蔵場所(貯蔵を必要としない態様の営業も予想されるが、営業所として認めるかどうかであって、届出にかかる営業活動で通常予想される態様のものを前提に考えざるを得ない)がないし、そしてその設置場所を届出者の所有敷地内軒下等に限定するとしても、自動販売機自体は移動可能な動産であって、人的に管理された建物(店舗)内の一区画との固定した関連でもない限り、責任ある主体がその営業所として管理する状況にあるともみられない。
かようなことからすると、福山保健所長が右自動販売機は営業所の一部にすぎず、自己の店舗等に右貯蔵所の設置場所も含む区画された主たる営業所部分を設けてこれに右自動販売機を附置する形状のものにしない限り薬事法上の営業所とは認められないとして、本件各届出を受理しないこととした措置は、右関係法令の解釈適用として十分首肯し得るところというべく、右措置が違法なものともいえない。
4 なお、コンドームの自動販売機の取扱いにつき、前記のとおり福山保健所長は本件届出前に同種届出を受理する措置をとっている事実がうかがわれるが、これは前認定のとおり受理後の指導改善を期して一応なしたものにすぎず、その実もあがらないその後の状況下において本件不受理に至ったことはむしろ当然のことで、右措置が統一を欠くものとして後の不受理措置が不当となるといったいわれはなく、また、他の都道府県の取扱いとの対比についても、広島県における本件のごとき取扱いが特異であることをうかがわせる証拠はないのみならず、むしろ弁論の全趣旨によると広島県におけるような取扱いが大方であることがうかがわれる。
四 そうすると、広島県福山保健所長が原告らの本件医療用具販売業届出を不受理とした措置は違法なものとはいえず、したがって、この違法を前提に被告に対し国家賠償法上の損害賠償を求める本訴請求は、結局さらにその余の点につき判断するまでもなくすべて失当としてこれを棄却すべく、よって訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺伸平)